エピソード4 現場作業員

自分語り

僕の名前はヤコバシ。成果を出したがゆえにブラックを憎む男。

僕は新規開拓を繰り返し自信をつけた。そして純粋さゆえに社長に営業方針を意見し、逆鱗に触れた結果、現場作業員へと左遷させられた。この左遷は、これまでの実績を鑑みると、事実上の解雇宣告だった。給料も大幅ダウン、工事現場での肉体労働だ。現場の人達には申し訳ないが、大卒がやる仕事ではない。

「すぐにコイツも辞めるだろ」

僕は塗装工事の雑用係からスタートした。ヘルメットをかぶり、作業着、安全靴(つま先に鉄板が入っている)を身につける。空調の効いていない工事現場は夏場はとても暑く冬場はとても寒い。屋外の作業もあったから、現場仕事の大変さを僕は身をもって体験した。僕は当然、シロウトだったので最初から塗装工事はできず、塗装に必要な養生というマスキングの作業をした。マスキングとは塗料がついて欲しくない部分をテープやフィルムで覆う作業だ。塗装工事は、このマスキングが作業の半分を占める。ローラーやハケで塗るのは最後の最後だ。スプレーガンも使うこともあったから、マスキングは重要だった。このマスキングを素早く、丁寧にできるようになってから、ようやくハケやローラーを触らせてもらえるのだ。

工事現場の朝は早い。8時には朝礼し作業開始だ。臭気が出る作業もあったから、夜間施工も多かった。土日は基本的に工事で、平日が休み。学生時代の友達と会うこともなくなったし、現場には私服で行き、作業着を着て、安全靴を履く。そんなことをしている大学の友人は一人もいなかった。僕は少し、みじめな思いがしたが、自分で蒔いた種だったから、甘んじて受け入れていた。

現場の職人さんたちはほとんどが高卒とか中卒で、お世辞にも品が良い人達とは言えなかった。また、今まで何人も営業から現場に都落ちしてきて、すぐに辞めていく営業マンたちを見てきていた。僕に対しても「いつ辞めんの?」「再就職は早い方がいいよ」とからかう。そう、現場に送られた時点で復活はなく、片道切符の島流しなのは周知の事実だった。

営業マンは大卒だから、これまで皆、屈辱に耐えられずに辞めていた。これを社長は狙っていたのは明らかだった。解雇はできないから、配置転換で自主的に辞めてもらう。追い出し部屋ならぬ追い出し現場だった。

僕は最初こそ屈辱を感じたのだが、意外にも現場の仕事は楽しかった。自分の手で綺麗な仕事を仕上げる。ビフォーアフターを間近で見れる。汚かったものを綺麗にするのは、達成感がある。こういう仕事こそ、真にやりがいのある仕事だと僕は思う。そして現場は朝早いけども、労務管理はしっかりしていて、夕方には作業完了し帰宅できていた。2年間、営業で22時までオフィスにいた頃から比べると大違いである。給与は減ったが、大きな時間を手に入れた。

人間関係も、最初こそ現場の人には馴染めなかったが、僕の仕事ぶりを評価してくれる人も出てきて3ヶ月くらい続けていたら辞めないと思われたのか、仲間に入れてもらえるようになった。また、当時流行っていたモンハン4を休み時間に皆で協力プレイして盛り上がったのは学生時代のようで楽しかった。仕事終わりに皆でラーメンを食べにいったり、居酒屋に飲みにいったり、男らしくて清々しい楽しさがあった。

徐々に塗装の練習をさせてもらえるようになり、技術的なレベルアップも感じていた。もうスーツを着ることはできないかもしれないけど、現場で働くのも悪くないなと思っていた。大儲けはできないが、仕事の達成感と充実感、そして人間らしい生活サイクル。僕は現場の仕事が好きだった。

遅効性の案件たち

そんな現場生活の裏側で、僕がかつて新規営業していたお客さん達から、本社に続々と問い合わせが来ていた。

「ヤコバシさんいますか」

「以前もらった資料にあった工法の見積もりをとりたい」

「xxさんから紹介されたんだけど」

と、どんどん新規案件が舞い込んできていた。僕は営業から追放された時は引き継ぎが1週間しかなかったから、全てを引き継げていなかった。既存や、有力な新規しか後輩に引き継げなかった。そのため、これらの取りこぼしの新規客からの問い合わせだった。それを4〜5件、現役の営業マンに引き継ぎ対応した。僕は自分がやってきた営業が間違っていなかったのだと、嬉しかった。でも僕が営業やってたときに電話してくれよなwとは思った。それらの案件は先輩や後輩に無事、対応してもらった。その現場の作業員としても現場で作業をしたりもした。

僕は現場に異動して9ヶ月、いよいよ塗装工事を本格的に練習してこうという段階になり、一層現場仕事に気合が入っていた。この時は一日も早く、立派な職人になって、いずれは独立もしたいと思って日々頑張っていた。現場の仕事は努力した分だけ、応えてくれる。

年の瀬の呼び出し

そんな中で、急に営業部長に呼び出された。現場帰りに本社に寄って欲しいと。何か事務的な処理かと思い、本社に寄った。

「オマエを営業に戻すことにした。来月からだ。社長も了解している」

どうやら、僕がいない間に多数の新規案件が来ていたことを無視できなくなった部長が社長にかけあって、戻すことに決まったらしい。ただ、表向きには営業部の人員不足により、新規採用よりも経験者を戻す方が早いから、だった。実際、僕がいない間にも営業マンは結構やめていた。

僕は複雑な気持ちだった。現場で頑張って職長になれと言われ送り出された、片道切符のはずだった。それは社長の感情的な指示だったはずだ。でも、僕の新規獲得力を目の当たりにして、呼び戻すことにした。その一貫性のなさと、なんだかゲンキンな対応に少しガッカリした。

その一方で、僕は自分の過去の頑張りが評価されたことを純粋に喜ぶ気持ちもあった。そして、実にくだらないことだが、僕はまたスーツを着る仕事に戻れるということをちょっと嬉しくも思っていた。一時は覚悟を決め、作業着でもいいと思っていたが、周りの友達と明らかに違う働き方、そして余裕のない中で僕を私大に進学させてくれた両親に対し、申し訳なく思っていた。現場職人になるなら、大学なんて行かなくても良かった。そんな思いもあり、僕は営業に戻ることにした。

現場の人たちは一緒に喜んでくれた。今まで、現場に叩き落とされて戻った人はいなかった。僕は現場という共通の仕事に立ち向かい、またモンハンを共に戦った仲間ができていた。僕は現場について詳しくなっていたから、現場に負担をかけない営業になることを仲間達から期待され、送り出されていった。

こうして9ヶ月の現場を終えて、年が変わった1月から、僕は本社勤務に戻った。スーツを着て意気揚々と出社した僕を待っていたのは、以前よりパワーアップしたブラック営業環境だった。

続き:EP5 復帰と失望

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