エピソード6 僕みたいになるな

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自分語り

僕の名前はヤコバシ。

成果を出したがゆえにブラックを憎む男。

僕は多くの幸運に恵まれて、多くの新規開拓と巨大案件を受注し、営業マンとしてこの会社でできることを究めたと思った(前回の記事:エピソード5)。

自己満足かもしれないが、それで十分だった。

誠意とはカネ以外にない

巨大案件により営業マンとしての数字はクリアし、新規開拓件数も周りより多かった。

当然、部長は僕を褒めてくれて、全社朝礼で表彰もされた。

そして言われたのは、

「な?社長の言うとおりにやったら売れただろ?
よかったな!やっぱり社長最強だな!」

というものだった。

全然違うわボケ!!!!と思った。

そのように業績を上げても会社はカネで報いることはなく、表彰という精神的報酬でごまかそうとした。

既に僕は心が離れていたから、こうして冷静に見れていたが、以前のように洗脳バッチリ効いた状態だったら、尻尾を振って喜んでいたことだろう。

成果に対する正当な報酬とは、誠意とは、カネ以外にない。

そう思い知った瞬間であった。

転職も営業活動

そしてタイミングよく、転職エージェントにオーダーしていた求人情報が見つかった。

僕は親友の勧めから化学メーカーを知り、かつ離職率低く年収400万円以上という条件を転職エージェントにお願いしていた。

ちなみに転職エージェントも4社接触した。

その中で3人のエージェントはハズレだった。

  • こちらの要望無視、紹介したい会社をゴリ押し
  • 結局はクレカ会社やMRに誘導してくる
  • そもそも経験が浅い

…と、いろいろなエージェントがいたが、マトモなエージェントに出会えたので、僕はその人と転職活動をした。

僕が求める条件に合致した求人を探し出してくれて、早速面接に行った。

平日の日中だが、僕は営業で外回りだったので問題なかった。

面接はトントン拍子に進んだ。

僕のほかにも10人くらい候補者がいたようだが、僕は気に入ってもらえて、すぐに内定が出た。

要因はいくつかある。

後日談だが、僕のMARCHという学歴は候補者たちの中で高かったこと、第一印象が良かったこと、お酒が飲めてゴルフにも興味を示したこと、会社の内装の微妙な変化に気付き、褒めたこと。

就職活動の面接は、まさに自分という商品を売り込む営業活動そのものであった。

退職活動

想定よりも早く内定が出て、「では来月から来てくれ」と言われてしまった。

そのため、急いで退職の手続きに入らなくてはならなくなった。

いざ辞めるとなると、勇気がいる。

さすがに部長に面と向かっては言い出せなかった。

しかし期限は迫っていた。

勇気を振り絞り、部長の携帯に電話した。

部長が出た

…が電車とのことで「あとで折り返す」と言われ切られた。

どうしよどうしよ…やっぱり明日にしようかな…

しかし、その折り返しがいつになるかわからなかったし、勢いをなくさないために、僕はショートメールを送信した。

「来月で退職したいので、引継ぎについて相談させてください」

すると割とすぐに折り返し電話があった。

「急にどうした、今日帰社後にミーティングしよう」

となった。

僕はもうこの時点で川を渡ってしまった。もう引き返せない。

そして帰社後、会議室で部長とのミーティングが始まる。

僕もこの時はヒヨっていたので、「転職先が決まったから」とは言えなかった。

田舎の祖父母の具合が悪いので、親と共に田舎へ帰るというカバーストーリーを作って臨んだ。

部長は

「せっかく成績も出てきたのに、なぜ辞めるなんて考えるんだ。

これからじゃないか。せっかく現場から営業に戻したのに」

と言う。

僕は用意していた田舎へ帰るエピソードを語った。

すると

「結局、男にできる事はお金を送る事だけだから、東京にいても同じだ」

と論破されてしまった。

僕はちょっと侮っていた。

今まで退職していった人たちは実家帰るパターンで辞めていたから、僕も同じように辞められると思っていた。

しかし、慰留の圧が強かった。

自画自賛になってしまうが、僕のような新規開拓ができる、件数も数字も出せた部下を、部長が手放したくないのは当たり前かなとも思う。

その日はなんやかんや言いくるめられて懐柔されて、結局、僕は慰留された形になった。

継続することになってしまったのだ。

だが内定は既に出ている。

引継ぎや有給消化も考えたら、1週間程度で再び交渉を終わらせないと間に合わなかった。

究極の退職理由

ちょうどその頃、資格試験を会社負担で行うから希望するかどうかメールで返信せよとの連絡があった。

これは申し込んでしまった時点で料金が発生する。

僕は無駄な金を使わせないためにも

「私は試験を希望しません。詳細は近日中にまた面談させてください」

と部長にメール返信した。

やっぱりその日にすぐ面談になった。

「こないだ納得してなかったか?」

からスタートした。

僕はもはや、架空の理由や綺麗事では辞められないと思っていたので、本音をぶつけた。

「社長がキライだからです」

その理由は真実だった。

意見したら懲罰的に現場送り、売れるとわかったら戻し、成績が悪いとエレベーターを使わせず強制で階段(30階以上)にしたり、丸坊主にさせられたこともあった。

失恋した先輩への過度なイジリ、現場の人を全社朝礼で吊るし上げたこと…このブログでは書き切れないほど、問題行動・思想を持つ社長だった。

「だからもう、社長にはついていきたくありません」と言い切った。

これにはさすがに部長も止める方法がなく、受理する方向で話はまとまった。

立つ鳥、跡を…?

部長からは、

「退職の真の理由は周りには言わないで欲しい、士気に影響するから…」

とお願いされた。

それを拒否して士気をガタ落ちさせることも、実は可能だった。

僕は3年目だったが、1~2年目の後輩から慕われていた。

自分で言うのもアレだが、僕は年下に優しい。

困っていた後輩をよく助けていたから、下の名前+さんで呼ばれる程度には親しまれていた。

そんな彼らは部署の半数を占める。

この後輩達に僕の口から

「社長のこうこうこういう所がキライだから俺は辞めます」

と全部ぶちまけたら後輩の洗脳が解けて、営業部は崩壊することが予想できた。

後輩達はそういうエピソードにあまり触れていなかった。まだ洗脳が効いていた。

それを一気に解除してやることもできたのだ。

ただ僕も、せめて最後は綺麗に巣立ちたいと思ったので、田舎に帰るストーリーで通すことにした。

後輩たちは個人的に送別会を開いてくれた。

現場の人達にも退職の連絡をしたら

「もし仕事に困ったらまた現場に来てもいいぞ、コッソリ仕事回す」と言ってくれた。

協力業者の社長にも

「マトモな人から辞めちゃう会社だよね…お疲れさま」

と労われた。

お客様も残念がってくれる人が多くて、特に厳しかった現場監督にも退職を惜しまれたときはちょっとウルっときた。

辞めるときになって、自分は良き同僚で、先輩で、営業マンであれたのだと、自分を誇らしく思った。

「用意周到」という褒め言葉

そして退職交渉を人事担当と行うことになった。

僕は、その会社で初の退職時の有給消化をした。

まず、この会社では退職時に有給は認めないとしていたが、これはおかしい。

僕は論理武装して戦い、人事担当に「用意周到ですね…」と言わせたのだった。

(その辺りのエピソードはこちら

目標を持って仕事しろ

最終出勤日、各所に挨拶したのち、部長に「社長にも挨拶へ行くように」と言われた。

当然、僕の退職理由は社長にも届いているはずだから、気まずかった。

でも最後に歯向かってケンカするのも悪くないなと思い、社長室へ向かった。

辞める社員にとって社長など、もう怖くない。

ただの「ひとりのオッサン」だ。

意外にも社長は穏やかだった。

あちらも、辞めていく社員にもはや未練などないのだろう。

「…今までお世話になりました」

「うん、お疲れさん」

と定型文の挨拶だけ交わして、「では失礼します」と出ようとした。

もはや語り合う事などなかったが、背後から声をかけられた。

「最後にひとつだけ言っておく。

目標を持て。目標をもって仕事をしろ。

そのほうが、絶対楽しいから。自分が決めた目標を持て」

僕は面食らって「…はい」しか言えなかったが、この言葉は間違ってはいないと思う。

自分で建てた目標に努力すること。

それは、雇われ人の立場でない社長だから言える言葉だったのかもしれない。

努力と幸運の無駄遣い

こうして僕はブラック企業から退職した。

自分の努力と工夫もあったし、幸運にも恵まれた営業活動だった。

自分で言うのもアレだが、僕には明らかに「運」があったと思う。

成果が出ずに辞めていった同期や先輩・後輩を思い返すと、僕のように成果を出して辞めた人はいなかった。

まぁ…その人達はこの会社の異常性に早く気付いて、さっさと見切りをつけたのだと思う。

執着し、粘ったのは僕だけだった、とも言える。

そんな努力と幸運の成果は、すべて会社に吸い上げられた。

僕は所属していた期間だけなら確かに赤字社員だったかもしれないが、実績と大きな顧客を会社にもたらしたから、長い目で見ればプラスになるのは間違いない。

時間・労力・工夫そして幸運を提供したけれども、返ってきたものはほとんどなかった。

特にカネの面で報われなかった。努力と幸運の無駄遣いであった。

確かに飛び込み営業に対する度胸はついたけど、そんなスキルは役に立たない方が良いスキルだ。

事実、その後はあまり役に立っていない。

ーー僕はブラック企業を憎んでいる。

社員のリソースを安価に吸い上げて、今も日本中の至る所にブラック企業は存続している。

僕みたいになるな

今もブラック企業は、若者からエネルギーを、努力を、幸運を安く買い叩いて存続している。

僕は、儲かっていない会社というのは淘汰圧に負けかけている会社だと思う。

そんな淘汰圧に逆らっているのは、ブラックで働く営業マン自身なのだ。

ブラックで営業マンが頑張れば頑張るほど、ブラックは生き残ってしまう。

本来なら死ぬべき会社が、淘汰されるべき会社が、生き長らえてしまう。

営業マンの体力と精神を削り、幸運を取り上げて、それらをカネに換えながらーー

僕はこのような形でブラックを卒業できたけども、僕は運があっただけだと思う。

親友が化学メーカーに勤務していたこと、

第一印象と愛嬌でゴリ押す才能があったこと。

その才能を使って、このブラック企業の延命に手を貸してしまったと、後悔している。

自慢話ばかりになってしまったが、僕は、これを読む人たちに僕みたいになってほしくない。

しくじり先生なんだ、僕は。

ブラックを延命させちゃった先生なんだ。

ブラックを滅ぼす方法はただひとつ。

労働者が辞めることだけだ。

労基署が注意しようが、隠す方法はいくらでもある。

社員を洗脳すればブラックが明るみに出る事もない。

政府の力は及ばないのだ。

働き方改革も、営業職には関係ないだろう…

「目標」というものがある限り。

しかし、労働者が、営業マンが集まらなかったらその会社は潰れるか、社員の待遇を上げるしかない。

僕はその受け皿を化学業界が担えると考えている。

ブラックで働く営業マンが一人でも減る事が、ブラックを減らす唯一の方法なのだ。

僕の名前はヤコバシ。成果を出したがゆえにブラックを憎む男。

自分語りは以上です。長い文章を読んでいただきありがとうございました。
いよいよ、本編が始まります。
続き:第1章「被購買力」とは

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