強化編において、心にはセキュリティレベルがあり、それを順番に解除していくことで機密情報を聞き出せると述べた。
レベル5の、「お仕事」に関する機密情報をどれだけ素早く聞き出せるか、が営業マンの新規開拓能力、すなわち被購買力の差である。
このレベル5の解除が速い人は素早く
「継続か撤退か」
の判断ができて、撤退すべきお客様を早期に選別できる。
結果として多くの新規顧客に当たることができるから、新規開拓の可能性が増えていくのだ。
そしてレベル5の解除は、正攻法としてレベル4から進む方法もあるのだが、裏技としてレベル6からの侵入がある。
レベル6とはその人のパーソナルな領域で、「お仕事」が関係ない領域である。
もし純粋に「お仕事」だけの関係で打ち合わせをしていくのであれば不要な情報となる。
具体的には家族のこと、子供のこと、自分の生い立ちのこと、病気のことなど、知人には語らないが友人には語るという少々立ち入った話題である。
これらは「お仕事」をする上ではもちろん知る必要がないし、また親しくない相手には話したくない情報でもある。とてもプライバシーな話題で軽々に話したくない話題、それがレベル6だ。
そしてこのレベル6の情報を共有した相手には、無意識のうちに警戒を解いて親近感を抱いてしまうという人間のバグがある。
最もプライバシーな領域を自己開示したという自覚が、無意識にあるからだ。
このバグをうまく利用して、レベル6を解除してからレベル5へ侵入する。
表層から削り出す
レベル6に素早く侵入するための方法を説明する。
まずはレベル1、2においてその人のパーソナル情報の「表層」を聞き出す。
「表層」とは核心まで入り込まない、表面的な情報である。
具体的には
- 「会社の近くに住んでいるか」
- 「勤務して何年目か」
- 「外見から分かること(日焼け等)」
- 「話し方からわかること(関西弁、方言など)」
これら表層的な当たり障りのない話題を振っていく。
例えば住まいについては
「私今日は電車とタクシーで来たのですが、鈴木さんは車通勤ですか?」
というように水を向ければ
「そう、私は車通勤でね…家から15分くらいかな」
もしくは
「私も電車通勤なのですが、会社の送迎バスが朝早くてね〜」
という話になる。ここから
「そこにお住まいになって長いんですか?」
と聞けば
「もう30年になります」
「いや実は昨年からで」
というような回答がくる。
そこで長いならば、
「ご出身も地元なんですか?」
もしくは
「ご転勤ですか?ということはご出身は遠方?」
などと展開していく。
そこで「ええ、地元で長いですね。大学卒業と一緒に入社して〜」
「出身は九州なのですが、10年ほど前に転職をきっかけに関東に出てきて〜」
などというトークが進む。
このようにとっかかりを見つけて、その人のパーソナルな部分を、表面から少しずつ削り出していく。
ここでいきなり初手、「ご出身は?」と聞くと、やや不自然で踏み込み過ぎな印象となり、相手に無意識の心のガードをさせてしまう。
そのため踏み込んで前進するときは慎重に、丁寧に行っていく。ショートカットは狙わず、ひとつずつ順番を守っていく。
自己開示を織り交ぜる
先述のように、相手の個人情報を少しずつ削り出していくのであるが、その作業もこちらが質問を投げかけ続けていると、どうも一問一答のインタビューや街頭アンケートのようになってしまう。
このインタビュー形式に対し喜んで語るタイプであれば良いのだが、中には自分だけが語らせられていることに気付き不審がるタイプの人もいる。
そういうときは自己開示を積極的に織り交ぜていくと良い。
このようにガードが堅い相手に対しては、あえて自分語りから始める。
「今日は暑いですね。私は雪国の新潟出身なので、この暑さはこたえます…」
こうして自己開示を先攻で出すと、相手もガードが少し緩む。
そこで
「鈴木さんは、お生まれもこちらなんですか?」
と聞く。
このとき、ポイントとしては
「お生まれはどこですか?」といういわゆる「拡大質問」で問わないところだ。
イエスかノーで答えられる「限定質問」の形で質問をする。今回の場合は「お生まれはここですか?」と聞くことによりイエスかノーで答えやすくなる。
ノーの場合には、相手から開示してくる場合が多い。
「いえ私は転勤でここに来ていて…出身は九州なんです」
などの情報が聞き出せる。
ここで「九州」という単語が出てきたら、そこをきっかけにして
「おぉ〜九州ですか!私一度福岡に行ったことがありまして、料理も美味しくていいところですよね!」
自分が行ったことがなければ、友達の出身地だとか、友達が転勤で行っているとか、親族で縁があるとか、身近な人の話につなげたり、それもなければテレビで知った情報などで代替してもいい。
そのため、テレビの『秘密の県民SHOW極(ケンミンショー)』はぜひ観ておいて情報収集することをおすすめするし、実際に旅行して知見を広めることも有効だ。
もしくは都心においても郷土料理が食べられるお店に行ってみて話題を増やすなどの活動もおすすめだ。
これらの雑談のきっかけを釣り出すきっかけとして、自分の情報を開示していくことは適度に行っていく。
必ず「and you?」の形で
前項で自己開示について述べたが、話し方の基礎編にて警告した「隙あらば自分語り」と背反するのではないかと思った読者もいるかと思う。
もちろん自分語りをずっとしてしまうのは営業マンとしては好ましくない。
これと「自己開示」の違いは、必ず即座に「and you?(あなたは?)」を入れるところだ。
自己開示を行ったらすかさず「あなたは?」と聞くことで、自分のターンは終了し相手のターンとなる。
キャッチボールで言うならボールを相手に渡す。
そうすると相手は語り始める。
相手に一方的に、自分の話をすることに抵抗がある人であっても、相手が開示をしてくれたなら反射的に自分も開示をしたくなる、というか「開示しなくては」とすら思う。
特に、第一印象が好ましい相手であれば尚更である。
この点において、第一印象強化しておくことは大いに意味がある。
第一印象が良ければ相手からの開示がされやすくなる。
まずはこちらの情報を差し出すことで、相手からも情報が取りやすくなるし、もし運が良ければ自分が開示した情報に何らかのトリガーがある場合もある。
例えば先ほどの「私は新潟出身なのですが」という自己開示を聞いた人がもし、新潟出身であれば完璧だし、もし自身がそうでなくても兄弟が新潟に住んでいるとか、友達で新潟出身の人がいるかもしれない。
もしかしたら元カノが新潟出身かもしれないし、会社の上司の出身が新潟かもしれない。
この場合そのお客様は
「お〜新潟ですか。実は私の兄が糸魚川の方に住んでいまして」
という話になっていき一気に心理的距離を詰めることができる可能性もある。
すべては「褒める」ための布石
さてこうしてお客様のパーソナルな情報を聞き出していける準備が整った。
個人情報の収集は、もちろん相手のことをよく知り、心のセキュリティレベル6を解除するために行なっている。
その解除においてのカギは、それらの個人情報を「褒める」ことであり、これが私の奥義である。
出身地を聞き出したらその土地について「褒める」。
例えば福岡ならば
- もつ鍋が美味しい
- 豚骨ラーメンが美味しい
- 空港が近い
- 美人が多い
などその土地や郷土を褒める。
土地を褒めているのであるが、郷土を褒められると自分が褒められているような錯覚に陥る。
名著『人を動かす』にもあるが、人は、自分「の」という「の」がついた、いわゆる所有格の事柄に対しては、自分自身と同じような感情を抱く。
これを「拡張自我」という。
例えば「その腕時計、かっこいいですね」という褒め言葉が嬉しいのはこの拡張自我であるし、またその腕時計を選んだというその人の価値観を褒めていることになる。
なかなか、その人自身を直接的に褒めることは難しい。
適当に「かっこいいですね!」とか「すごいですね!」と褒められても、
「オマエよくわかってないのにとりあえずで褒めているだろ」
と思われて逆効果になったりする。
その人自身のことを褒めるには背景知識とテクニックが必要だし、謙遜する人も多いので仲良くなってからでないと難易度が高い。
そのため、その人を直接褒めるのはひとまずやめて、その人「の」何かを褒めていく。
まずは土地や所属している会社自体、もしくは家族や子供のことを話題とし、要所で褒めていくことが緒戦では手堅い攻め方となる。
独身・既婚と家族構成を聞き出す
セキュリティレベル6に侵入していくには家族構成やその情報を話させることが有効だ。
なかなか、同じ職場で働く同僚にも、そこまで込み入った話はしない人も多い。
なぜなら聞かれないからである。
しかし「お仕事」の話と違って、自分のプライベートのことについては「ここまでは話せる」というラインは自分で設定できる。
言い方を変えれば「権限」がある。
自分自身のことだから当然だが、これが大きい。
もちろん全てを曝け出すことはないにしても、「この話題はあまりしたことがなかったな」というラインまで相手自身に「よし、話してもいいだろう」と許可させることによってリミッターが徐々に外れていく。
先述の通り、こちらからの質問は表層から行う。
「お住まいは近所ですか?」に対しては、お客様の脳内で
「(ぼやかした住まい程度ならば、この営業マンには話しても大丈夫そうだろう)」という判断が瞬時になされ
「私はA市に住んでいるんですよ」
という答えを聞き出せる。
ちなみにこの時、第一印象が悪かったりすると
「(コイツに住まいを特定して教えたくないな)」とやはり瞬時に判断され
「隣の市から来ているんですよ」
という特定を避けるような言い方をする。
「隣の市」とは東西南北が存在するから、特定させないようにしているのである。
そこでこちらが「隣って、B市ですか?」等、踏み込んで聞けば
「あ、C市です」等と回答はしてくれると思うが、その瞬間には
「(うわコイツ教えたくない雰囲気を察しないで踏み込んできたよめんどくさ)」
と思われて、最悪の場合ウソの住処を回答される場合すらある。
これは極端に第一印象が悪い場合の例だが、むやみに警戒や嫌悪感を抱かせないという意味でやはり第一印象は大切な要素となる。
さて住まいがある程度絞れたら続いて家族構成の層に掘り進む。
ただしストレートに「ご家族は?」などとは聞かない。
外堀から徐々に削り出していき、きっかけをつかむ。
「A市からいらっしゃっているということは、車通勤ですか?」
ここでも「車通勤?」と限定質問を投げる。
「そうです、車です」
と回答があれば家族持ちの可能性が高まる。
というのもわざわざ隣市から車で来ているということは、会社の近くに住まない(住めない)理由があるわけで、それは多くの場合一戸建てを買っていたり、子供の学校のためお父さんが通勤がんばっているパターンが多いからだ。
続いて「じゃお車ということは、一戸建てをお持ちで?」と聞く。
ここで一戸建て、マンション、賃貸などが明らかになり、戸建やマンションであれば既婚で家族持ちはほぼ確定する。ちなみに「一戸建てですか?」と限定質問をしている。
独身か否かは細心の注意を
もちろん、結婚指輪をつけている人は既婚確定なのでこちらも攻めやすくなる。
家族持ちかどうか、この点は慎重にジャッジしていく必要がある。
なぜここを慎重にするかと言えば、独身の人に対する配慮である。
独身の方というのは、やはりどこかに負い目を感じている。コンプレックスを抱えていることが多い。
この令和の時代にあっても、結婚という価値観は今なお、我々の奥底に根を張っている。
結婚できない=異性関係が不十分
という価値観で、まだこの日本社会は覆われているし、いかに自分一人が抗ったとしても、親世代や上司や同僚の多くからの目は、「結婚」という価値観を重視しているから、決して逃げることはできないのだ。
今後、あと60年ほどが経って二世代ほど移り変われば、もしかしたら結婚という概念はそこまで重視されなくなるかもしれないが、少なくとも昭和生まれや平成生まれがたくさん生きているうちは、この価値観は簡単には覆らないであろう。
そのため未婚については三十歳以下の方であれば問題ないが、それ以降の年齢の人に対してはまず独身か否かを注意しながら会話を広げていく。
早い段階で独身か否かをジャッジしていきたい。
そしてもし独身と判明したら、もう家族構成系の話題はしない。
独身の人にとっては負い目、急所の話題であるからだ。
三十代半ばを過ぎて独身というのは、自分自身としても弱点だと思っているはずだし、自分の両親や親族からも何かしら言われていて肩身の狭い思いをしていると思われるから、その弱点は触らないようにしよう。
独身というのは、自分自身に問題がある(異性に好かれにくい)こともあるし、親族の問題、相手の問題、などコンプレックスの宝庫であり、決して明るい話題ではないからだ。
独身と判明したら、あとは趣味や飲み食いの話へ方向転換する。
子持ちは掘りやすい
対して、家庭を持っている方であればどんどん掘り進んでいく。
特にお子さんがいる場合にはお子さんの話題を掘ればどんどん話題が出てきて、また適度にお子さんを褒めればますます良い雰囲気になっていくだろう。
うまくいけば、その第一回の面談で、相手の出身地、現在の住まい、家族構成が聞けて、会話の流れによっては相手の学歴や趣味、学生時代の部活動などまで派生させていくこともできて、かなりの情報量を収集できる。
学歴と趣味
特に高学歴だったり、趣味の分野で成果を出している人は褒めやすい。
例えば博士号をもっていたり、マラソンで大会に出ている等、褒めやすいし専門性のある人に話を聞くことで次のお客様への話題になったりする。
「鈴木さん、かなり日に焼けていらっしゃいますがゴルフとか?あぁ〜マラソンですか!そういえば以前、お会いしたお客様で東京マラソンに出場された方がいて、その方も毎日トレーニングをして…」
このように会話を膨らませることもできるようになる。
ちなみにだが、やはりこのときも限定質問を使い答えやすくしている。いわば予測をして投げかけている。
「日焼け=ゴルフ?」と水を向けることにより、
「いやこれはゴルフではなくマラソンで…」
「あぁ、これは子どもの野球の応援で…」
など相手も具体的に答えやすくなるのだ。
相手の「決裁権」をユルくする
さて営業マンとしての話題に戻ろう。
こうして相手にプライベートでパーソナルな話題をさせたのは、人間のバグをつくことにある。
先述の通り、プライベートな話題に関する決裁権は、自分が持つ。
「ここまでは話してもいいかな」
決裁権のレベルを徐々に上げてきていた。
最初は出身地、次に現在の住まい、家族構成、学歴、趣味、子供のこと…場合によっては自身の持病のことや、実家の資産状況などまで聞けたりもしてしまう。
これらは徐々に情報開示の決裁レベルが上がっている。
ちなみにいきなり初対面で「お子さんは?」と聞くのはオカシイし、相手もかなり警戒する。
先述のように、徐々に段階を踏むことによって「ここまで話してもいいだろう」の決裁のレベルが段階的に解除されているのだ。
もしくは、会話の勢いで「あっ、言っちゃった」という意図しない解除ももちろんある。
それは「褒める」というテクニックで誘発できる。
そうしてプライベートを徐々に開示していった先には、
「この営業マンには何でも話しちゃっていいかな」
というセキュリティレベルガバガバな状態が待っている。
本当は「お仕事」の話で、しかも重要な機密情報なのに
「まあ話しちゃってもいいかな」というセキュリティのタガが外れている、一種のバグ状態を作り出せるのだ。
この瞬間、心のセキュリティレベル6から5への裏からの侵入ができたことになる。
人は、自分のことを話して聞かせた相手には親近感を抱き、親しみを持つ。
特にその相手の第一印象がよく、また善き友になれそうな人柄をもっていれば、なおさらセキュリティはゆるむ。
この人間のバグを利用して
「ちょっと秘密で、秘密で教えていただきたいんですが、ぶっちゃけ今使っているものって、おいくらくらいなんですか?」
これを最初に聞いてしまったら
「オイオイ、そんな機密情報、言えないよ(油断ならないヤツ)」
となるところ、先述のようにレベル6を攻略した後ならば
「え?値段?う〜ん…本当は秘密なんだけど、秘密ね?ぶっちゃけ○円」
と聞き出せたりするのだ。
今回は価格という、そこそこ聞き出しやすいところであるが、その他にも
- 過去に起きたクレーム
- 調達や品質の懸念点
- 性能に不満なところ
- 先方社内政治におけるパワーバランス問題
- 秘密の新規開発案件
これらの要素も考えられる。
これらの重要機密を仕入れて持ち帰ることにより、その案件を継続するか、やめるか、もしくは社を上げて取り組むべきなのかを判断できるようになる。
この進退ジャッジの素早さと、確度の高さが、新規開拓にあたる件数に反映されて、その結果として新規開拓の件数が増えていくのである。
私はこのジャッジをできれば初回面談ですべて集めきりたいし、そうなるように面談に臨んでいる。
そうでない営業マンは、同じことを聞き出すのに複数回の面談を要し、2〜3ヶ月を使ってしまう。
ここに新規開拓の差が出るのだ。
続き:対等であるという考え方
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