知識経験の強化編、今回は「未踏の領域」の話をしていく。
未踏の領域とは、自社がそれまで扱ってこなかったような商品、もしくは全く知見のない業界への売り込みのことを指す。
基本、変化がない業界
まず、化学業界というものは変化が少ない業界だ。
お決まりのレギュラー化学品を製造して、お決まりの納入先にレギュラーで納品する。
その特性上、切り替えることが容易ではなく、またプレイヤーの数もたかが知れていて、ほとんどの商品が寡占化されているから、よほどの理由がなければお客様は切り替えを検討しない。
よほどの理由とは、
- かなり高い(採算が取れない)
- 品質に問題がある
- 大きなクレームがあった
- 継続供給を脅かす要因がある
- 規制物質に指定された
など、相当の理由がないと切り替え検討はされない。
なぜなら化学原料を切り替えるとなると、最終製品にどのような影響が出るのか、いちいち全て調べなくてはならないからだ。
ひとつの材料を変えただけで、末端の商品に甚大な影響が出た場合、その責任は「切り替えたやつ」の責任になってしまう。
しかも今まで特に問題がなく、実績のある材料を切り替えるというのはかなりのエネルギーを使う。
それこそ、切り替えに成功したら年間、何百万単位で安くなる、くらいのインパクトがなければ実行されない。
その切り替えに要する検証のための人員の人件費や、もしうまくいかなかった時の補償などを考慮して総合的に判断されるからだ。
切り替え検討は、年単位で問題ないかをちゃんと検証してから行うから、簡単なプロジェクトではない。
また、そもそも失敗してしまっては信用が失墜するから、そのリスクも踏まえて、背に腹はかえられない状態になって初めて切り替えというものは決行される。
切り替えというものは、それほどに重い。
厚い壁の向こう側
このように、高い参入障壁に守られているから化学メーカーというのはゆるふわになりやすい。
毎月・勝手に・売れるのはこの高い参入障壁のためである。
そして自社がそのように守られているのと同じように、競合他社もまた、同様の壁によって守られている。
だから、そのシェアを奪いにいくということは、他の業界に比べて容易なことではない。
その高くて厚い壁を乗り越えたり、穴を掘ってくぐり抜けたりしていくテクニックに関しては、第一印象編の「心のセキュリティレベル」シリーズにまとめた。
しかし心のセキュリティレベルを解除していっても、それだけでシェアが奪えたり、新規案件をモノにできるということでもない。
セキュリティレベルの解除は、重要情報が得られる止まりだからだ。
情報を得られても、自社にそれを達成できる力がなければ、実際にモノが売れるということはない。
「力」とは技術部の開発力や工場の生産力のことだ。
営業マンにできるのは、情報つまりヒントをもらってくるところまでであるが、これができると戦略が立てられる。
未踏の領域とは
ここまでは、通常の新規開拓、つまり
- 競合他社がやっている商売を奪い取る
- シェア争いを制する
という、いわばゼロサムゲームである。
そしてこの場合、現状使っているお手本があるし、値段もわかっているし、スペックもわかっているから…
まぁ、普通にやっていれば、できる。
そのため、真にデキる上司は、この動きをあまり評価しない。
並の営業マンが時間をかけて、運が巡ってきたら、いずれは成就するタイプの仕事だからだ。
真に評価される仕事とは全く新しい用途での新規開拓である。
競合他社もやっておらず、自社もまだやれていない、もっと言えばこの世界で実現していないこと。
これまで「この材料じゃ無理だろう」と思われていたことを、厚くした知見によって提案して、今まで世になかったものをお客様と協力して作り出すこと。
そうして生まれた市場は、先述のシェア奪い合いのゼロサムゲームではなく、その外コブとして増えていくプラスサムゲームとなる。
もしくは、既に世の中に存在する技術ではあるが、オーバースペックで高価なものを、適切なレベルまで性能を調整して、大きくコストを下げるというようなことも新しい市場を作り出すことになる。
(切り替えられちゃった側の材料の市場は減るけど)
例えば、化粧品に使うようなすごく高品質で高価な材料を
「他に材料がないから」という理由で文房具に使ったりしている事例はたくさんある。
実はオーバースペックで高価なんだけど、他に性能を満たせる材料がないから仕方なく…というケースだ。
この高コスト材料を、適切な性能を満たしつつ、安価な材料に切り替えていくことも、化学メーカーならではの商売だ。
営業マンはこの部分において、最大限のクリエイティビティを発揮する。
営業マンが全ての起点
化学メーカーにおいては技術部や研究者が主役だと考える人は少なくない。
かつて駆け出しだった頃には僕も、
「僕にできることって情報収集と伝書鳩だけやん」
と自分の無力さを感じていたのだが、これが3〜4年が経って、知見が厚くなってくると
「アレ?これ今、行き詰まっているけど、あの時のあの方法で改良すればクリアできるのでは?」
「これを防ぐにはあの時の方法で対処できるはずだ」
などと、お客様と直に接している営業マンだからこそ見えてくる視点がある。
もちろん技術部や研究者が直接、お客様を訪問するのであれば同様の反応が起こると思われる。
しかし、彼らがそれやってしまっていては肝心の研究開発活動が滞ってしまうから、良くない。
また確度が高い案件だとわかっているならともかく、可能性があるのかわからない状態で技術部や研究者を連れて歩くのも、非効率だ。
そのため、まず営業マンが露払いとして赴く。
案件の実現可能性をジャッジして、かつ知見をもって解決法を探っていく。
このとき、営業マンにかなりの知見が要求されることは、もうわかっていただけると思う。
だから勉強しなくてはならないし、多くの事例を知っておいてほしいのだ。
レジェンドになる
どんな会社にもレジェンドと呼ばれる人がいる。
多くは創業社長だったり、幹部だったりするのであるが、彼らの経歴を紐解いていくと、必ず素晴らしい実績がある。
その実績は、
- 今まで世の中になかった新規軸の商品を企画立案した
- これまで実績がなかった業界に入り込み、現在の基礎を作った
- アメリカから輸入して改良して、日本でも流行らせた
このようなタイプの偉業が多い。
いわゆる「普通」の実績、
- 既存顧客を倍増させた
- 既存の商品のシェアを伸ばした
というものではないはずだ。
もちろん前者ような偉業は、簡単に達成できることではない。
だからこそ偉業となり、レジェンド的な存在になれる。
しかしこのレジェンド枠を狙っていくのかどうか、をそもそも知らないと、いつまでも「普通の仕事」しかできなくなってしまう。
さいわいにも、化学メーカーはそういう人達も問題なく使っていけるだけの懐の深さがあるので解雇の心配などは少ないのではあるが、
実績なしでは居心地が悪くなるし、ちょっとしたきっかけで営業からハズされてしまう可能性もある。
だからこそ、このレジェンドクラスの仕事は、常に狙っていてほしい。
逆に言えば、常に狙っているとアンテナが励起して、情報を掴みやすくなる。
こうして未踏の領域へのチャレンジ、レジェンド枠への挑戦が始まっていくのだ。
知識経験の強化編:完了
以上で「知識経験の強化編」は完了した。
「出会ったケーススタディは勉強して身に付けるぞ」と決めて、年数を重ねることによって知見は厚くなっていく。
技術的にも、営業マンとしても知見は蓄積して、トークに厚みが出てくる。
すると、お客様はプロ感を感じてくれて、警戒を解いてくれて、ますます情報が入る。
そうしてさらに知識経験を積み重ねていくうちに、未踏の領域へチャレンジするチャンスがやってくる。
これをチャンスと捉えて、知識経験からチャレンジすることを決めるのは、営業マンの仕事だ。
そのチャンスを掴むには、レジェンドクラスの仕事をひとつ、やらなければならないと知っているかどうかが大切だ。
ここまで読んでくれたあなたは、もうレジェンド的業績の必要性も、そしてそれは知見を正当に積み重ねて、チャレンジ精神を持っていれば実現可能なことをわかっている。
続いては、「善き友」の強化編の説明に入っていく。
続き:肩肘を張らないお茶目さ
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